次男妊娠中

備忘録の次男編です。

次男を妊娠したのは長男が1歳になってすぐでした。

長男が1歳になってすぐに
私の祖母が亡くなりました。

忘れもしない、雨上がりの晴れた朝に
お洗濯ものを干していて、母からお電話を受けて、
「あぁ・・・・・・・・・・・逝ったのか・・・・・・・・・・・」
と思いました。

もう長い闘病生活で、
もう自宅では看ることも難しい、と病院へ入院したのですが
食べることも難しく、会えるときに会っておこう、と
長男が1歳になる少し前に九州へ帰ってお見舞いにも行きました。

もう覚悟をしていたので驚きはありませんでした。

人が一人亡くなると、
その人生の終焉にはまた様々なドラマもあって、
お通夜、お葬式と慌ただしく、
その中で長男も風邪をひいて小児科へ連れて行ったりと
ほんとうに濃い数日を過ごしました。

主人もお仕事の合間を縫って深夜に来てくれて、
葬儀に参列をし、また深夜に帰っていきました。

祖母が主人を気に入っていたので
わざわざ九州まで来てくれたのです。
ありがたいことでした。

わたしは長男を出産後、2か月で生理が来ていました。

もちろん授乳をしていたので周期は安定せず、
そんなバタバタがあったので、
少し生理が遅れているだけ、と思っていました。

そんなときにふと
「あれ?」と、ほんとうになんとなく思って
検査薬を試してみようかなぁ、と軽い気持ちで
検査をしました。

結果は陽性。

2回目なのですが、
いやいや、まさかまさか~!
と思ってしまいました。

検査薬が陽性になるのを見ることは
いつまでたっても慣れるものではなく、
驚きと喜びで不思議な気持ちになります。

主人にも伝えると
「まぁじかぁ!」と驚いていました。

長男を妊娠中に子どもは2歳差だといいなぁと主人は話していたので
よかったねぇ、という話になりました。

実家の家族にも伝えて、
「学年は2学年差だけど、歳は1歳8か月差なんだね、年子だね。
人が亡くなると産まれる命もあるんだね」
と言われて、
これから大変になるけど、がんばろう!と前向きに思えました。

少ししてから産婦人科を受診し、
無事に子宮内に妊娠していることが確認できた日の夜。
生理のように出血しました。

少し違和感を感じて、流れ出るような感覚というのでしょうか。
あぁ、おりものが増えたのかな、と思っておトイレに行くと出血。

頭は真っ白。
でもすぐにどうするものか。
流産なのか、どうしたらいいのか。
すぐに受診すべきなのか。

その日は夜は主人はお仕事でいませんでした。
1歳の長男とわたしだけです。

一応救急の外来をしている病院へ連絡をしたら
まだ週数が初期すぎるので
なにもしようがない。
なので朝になってからでいいので出来るだけ早めにかかりつけの病院へ連絡して
指示を仰いでください、と言われました。

あとわたしにできることはできるだけ安静にして、
少しでもあたためるなどして子宮が収縮することがないようにするだけです。

横になるとおなかが少し硬く感じました。

落ち着いて、落ち着いて。
自分の気持ちも焦らないように、
おなかをかばうように長男と眠りにつきました。

次の日、出血の量も減り、少しホッとしました。

朝一番でかかりつけの病院へ連絡をしました。
出血が増えてくるようなことはなく、今が初期なので
初期によくある出血なのか、流産が進行しているのかはわからない、と。

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なので次の外来を早めにしてもらい、
それまでに出血量が増えてきたり、おなかの痛みが出てくるようだったら
すぐに受診、となりました。

その数日はもう時間が長く感じられて
受診の日が待ち遠しかったです。

そして長男は添い寝で授乳しながら寝ていたのですが
急遽卒乳、いや断乳を迎えたのです。

罪悪感もありましたし、泣いている長男を見ると
まだまだ甘えたい時期なのに自分のペースではなく奪われる。

この子は大丈夫だろうか・・・

そんな心配が芽生えてきたのもこの頃からです。

その後、出血は比較的すぐに治まり、
無事に心拍も確認でき
母子手帳を受け取りに行きました。

すごくホッとしたのを覚えています。

この後がもっと大変だったのですが。

つわりでぐったりとしていて、
吐くことは長男の時と比べると少ないですが
動くことがきついです。

でももう長男の時のようにつわりで入院することはしない、と決めていました。

長男と一対一で甘えさせてあげられる時期はもう少ししかないのに
離れるなんて絶対にない、と考えたからです。

キツくても、なんででも長男と一緒にいるんだと
そこだけは譲れなかったのです。

お正月にお参りに行ったときに
行く前に気持ち悪くて吐いて、
そうしたら主人がキツいなら行けないじゃん、と言い、
やや不機嫌。
おめでたいお参りだし、と行くよ、と言ったものの
電車でもきついし、歩いていても息が切れます。

それなのに、キツいなら無理って言えばよかったのに、とまた不機嫌な主人にイライラ。
お参りのところで主人の元同僚の方と会って、
軽く挨拶をした後は、わたしはお地蔵さんになっていました。

そしてその間長男を連れて、いろいろな人に披露?していて
この、やや「俺子どものお世話をしている」という雰囲気を醸し出していることにもまたイライラ。

イライラとした思い出のお参りになりました。

その後もお食事の用意がキツいので
買ってきたもので済ませていると
「これからお金がかかるとか言ってるのに、
買ってたらお金は飛ぶだけだろ」
という言葉にまた、かちん!

もう・・・・・この頃は長男が心配して、顔を覗き込んだり、
不安でおろおろしてしまうくらいに情緒不安定だったと思います。

主人もわたしも子どもを育てながらの妊娠は初めてです。

戸惑いばかりだったのだと、今なら思えますが
当時はひたすら、ケンカをし、険悪でした。

主人もわたしも自分たちのことばかりで
長男のことが置き去りになっていました。

こんな空気で数か月を過ごした長男には
ただでさえさみしい思いをさせることになるのに
申し訳ない思いでいっぱいです。

そうしている間にもすくすくと次男は大きくなってくれていて、
性別がわかる頃、思い切って聞いてみたら
「見えますよ」と。

・・・・・・・・・・・・・・・
長男の時から女の子に憧れていたので
申し訳ないのですが少しへこみました・・・・・・・・

けれど、次の日には
あの初期の出血を考えたら
無事に育ってくれている、ありがたい。
長男の時のようなことも考えられる
長男妊娠中
長男妊娠からの出産

性別よりも命だ、と思いました。

そこにはきっと子どもは三人は欲しいと思っていたので
気持ちのゆとりもあったのだと思います。

そうして、おなかの中でも無事に成長してきていて、
今度こそ里帰りをしよう、そう思っていたときに
それは起こったのです。

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