長男妊娠からの出産

長男の妊娠中には様々なトラブルがあり、
精神的にも肉体的にもかなりキツかったです。→長男妊娠中

長男が出産に耐えられるのか、無事に産まれてきたわが子を抱けるのか。
心配でした。

子どもが産まれたら、しばらくは自由に動けなくなるし、
夫婦二人だけの時間も取れなくなるので、
主人と遊びに行ったり、お食事に行ったりとしていたので
気もまぎれていましたが、予定日が近づくにつれて、不安も増していたのです。

ただ、楽しみなだけではない、早く会いたいけれども怖さもある。
もちろん出産時の痛みなど想像もつきませんし、
母から聞くと、それはそれは痛い。
しかも母も祖母も初産は難産で大変だったとのことだったのでおそろしかったです。

でもただの赤ちゃんではない、自分の子供です。
どんな顔をしているんだろう?
鶴瓶かな?ガッツかな?
男の子ときいているけれど、どんな感じなんだろう?

やっぱり小さいのかな、すぐに抱けるかな。

そんな複雑な気持ちでした。

出産は胎児発育遅延の件もあり、里帰りを考えていたクリニックでは何かあった時の対応が難しいとのことで
急遽里帰りはせずに、大学病院での出産となりました。

その日は前日から腰を痛めていた主人が朝に痛み止めが欲しいと起きだして、
いろいろしていたら破水。

生理のときのような、でもじゃばーっと出てきて、
一通りのことを済ませてから主人に「破水したかも」と言うと、
「えぇ??!!じゃ仕事休むって連絡しなきゃ!」と大慌て。

わたしはおうちにあるナプキンじゃ間に合わないからコンビニで買ってから行こうかな、
あ、産科に連絡しなきゃ。とか考えていました。

連絡すると、とりあえず入院できる用意をして、すぐに来てください、とのこと。

それは予定日よりも1週間早い39週で、主人のお誕生日の前日のことでした。

用意をして、コンビニでナプキンも買ってタクシーへ。
タクシーの中で少しずつ張りが強くなってきます。

あぁ、これはもう、そのまま入院コースだなぁ、とか考えていました。

着いて診察をすると、やっぱり破水で入院。
エコーをするとぎりぎり2000gになっていたので普通分娩でいくことになりました。

入院の検査のためにレントゲンなど歩いていくと、定期的に張りが来ます。
「ふぅ・・・」とうずくまることもあり、主人が「大丈夫?」と心配そうにしています。

「陣痛はもっと痛いんだろうし、破水してるからお産は進んだほうがいいだろうし」と答えると、
「そうなのか。冷静だな」と言われましたが、
まだそれくらいの痛みだった、と言うことです。

それから点滴を入れたりして、食べられるなら食べてね、とお食事も用意されました。

破水をしたら無菌状態だった羊水の中にいた赤ちゃんが感染の危険にさらされます。
なので陣痛促進剤を使って分娩を促すことに。

破水したのが朝の6時くらい。
入院したのが7時くらい。
そこからもろもろをして9時くらいに分娩室へ入りました。

緊張していたし、他にも妊婦さんがいるしで落ち着きません。
そして11時くらいからは記憶も定かではありません。

それくらいに痛かったのにお産は進まず、
何度目かのおトイレに行ったときに「出血しないと出てこないのよ~」と言われて、
「もう出血してますーーー(泣)」となったのを覚えています。

途中、お仕事に行く前の母が来てくれて、腰をさすってくれました。

でも会話をする余裕すらありません。

あんまり痛がるので内診をしてくださるのですが子宮口は1~2cm。
「言うと気が遠のくでしょうから、ね。」と会話している声だけが聞こえました(泣)

促進剤もまだまだ量が増えていくし、もう七転八倒とはこのことか、と。

「いい張りは来てるんだけどねぇ、赤ちゃん降りてこないねぇ。陣痛はついてきてるからね~」
と助産師さんが励ましてくれますが、もうそれはそれは苦しい。
寝返りを打つのも苦しいのです。

そのうちにおそらく過呼吸のようになって手もしびれてきて、酸素マスクをしました。
「赤ちゃんへ酸素が行かないから深呼吸をしてね」と言われて、呼吸だけはしっかり意識をしました。

ただでさえ小さいのです。
お産に耐えられるか、心配なので、赤ちゃんに酸素だけはきちんといくように自分がしっかり酸素を取り込まないと、
と思っていました。

それがどれほど続いたか、覚えていませんが、
急に助産師さんがバタバタバタ!!!!!!!!と動きだし、
先生たちや師長さんまで集まり、
主治医の先生が「カイザー!!!」と声を上げて、ザッとみなさんが動きました。

「帝王切開で出しましょう、赤ちゃんが危険だから」

「あぁ、痛みから解放される・・・・」と思いました。

そしてどこか自信もあったのです。
子どもには元気に会える、と。

ボブスレーのように手術室へ連れて行かれ、「グレードA」の手術を受けることになったのです。

「既往は?」とおなかに消毒液をばしゃっとかけられながら聞かれます。
「喘息です」
「あぁ!これは使えない!ラストアタックは?」
「2週間前です」

こうしているうちに意識はなくなり、気が付いたら手術は終わり、おなかはからっぽになっていました。

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「無事に産まれましたよ、おめでとうございます」と言われながら病室へ戻りましたが
麻酔の影響でうとうとしてしまいます。

病室には主人がいて「赤ちゃんみたよ、保育器に入ってた。小さかったよ」と。

「ガッツだった?鶴瓶だった?」と聞いたら
「鶴瓶だった・・・・というかそこ?」と言われました。

帝王切開、と言われたときに、なんとなくの根拠のない自信があったのです。

無事に会えるという。

手術が決まってから10分後に長男は産まれました。

長男の心音が急激に低下して、常位胎盤早期剥離の疑いでの手術でした。
ナースステーションでモニターを監視していたスタッフさんたちもびっくりの状態だったそうです。

のちに、数年に1度あるかないかの緊急度だった、と聞きました。

ほんとうに病院のスタッフの方々には感謝しています。
ここの病院でなければ長男とは無事に会えていなかったでしょうし、わたしも無事だったかわかりません。

妊娠したら無事に元気に出産できる、と妊娠前は思っていましたが、
そうではない、
出産はいろんなドラマがあるのだと痛感しました。

そうやって考えると本当に母には頭が上がりません。
3人の子供を妊娠、出産し、無事に成人するまで育て上げたのです。

改めて感謝と尊敬をしました。

産まれてきた長男には当日は会うことができず、
次の日に助産師さんがかわいそうだから、と車いすでGCUへ連れて行ってもらいました。

「抱っこしてみる?」と言われたので
「お願いします」と連れて行ってもらい、ガウンを着てマスクをして、手洗いをして対面。

酸素飽和度や心拍を図る機械をつけていて、帽子をかぶって寝ていました。
寒そうだったから、との看護師さんお配慮です。
ありがとうございました。

抱っこした長男は羽が生えているように軽くて、片手でも軽く抱っこできるくらいの軽さでした。

身体は小さく、わたしの腕の半分ほどしかありません。
それでもすやすやと寝ている姿を見ると、胸やおなかが上下に動いているのをみると
「あぁ、生きている」と思えました。

わたし自身は術後は手術後とは思えないほど、痛みもそんなになく、
動いていかないと回復も遅くなる、と聞いていたので
病室をぐるぐる点滴棒を押して歩いていました。

あとで聞いたら、このような状態がかわいそうだから、と麻酔科の先生の配慮でおなかに痛み止めをいれてくださっていたそうです。
ほんとうに感謝です。

産後1日目、窓越しでの面会が基本で直接抱っこは両親しかできなかったので、窓の外からお友達や主人や妹と長男をみていると、なにやらぽたぽた落ちてくる・・・・・
もうみんな帰る時間だったのでお見送りまで耐えましたが、
急激に痛みと寒気とでも一部は熱さも感じる・・・・・という事態に
病室へ帰ってみると胸がガチガチに張っていて、母乳がぽたぽた落ちてきていて、
パジャマはぐっしょり。

ナースコールをし、助産師さんに伝えると
「もう出始めたの?早いねぇ~まだちょっと授乳は難しいから冷やしておきましょう」と。
しかし、痛みはひどくなる一方だし、じゃんじゃかあふれてきます。
寒気もして、でも胸は熱くて、体中が痛いのです。

もう一度ナースコールをしてきてもらうと
「搾乳をしてみましょう」と。
聞いたとおりにやってみると最初は10㏄搾乳できました。

とりあえず夜中はそのようにして持ちこたえ、次の日は早目の授乳をさせてもらいました。
授乳をする感覚は何とも言えませんが、でも初めてのことなのにしっくりときて
授乳をすることで胸の痛みも身体の痛みも落ち着きました。

その後、長男は黄疸が強いということで光線療法をしたり、体重が増えなかったら一緒に帰れないという説明を受けたり、
主人はひとつひとつに驚きながらも受け止めて対応をしていってくれました。

初めて自分自身も親になるわけですので、もちろん出産も初めてです。
主人は立ち合いできるために講習も受けて分娩室にいる間も腰をさすってくれたり、
食べ物を持ってきてくれたり、おトイレへ行くのに支えてくれたりと
いづらいであろう場所でも一生懸命サポートしてくれました。

帝王切開!となったら、「ご主人は外に出ててください!」と言われて、
ぽつーんといたら、承諾書の嵐がきて、説明は恐ろしいもので不安になったそうです。

その後、病室を整えたりしていたら、あっという間に長男誕生。
GCUへ向かうときに保育器に入った長男をみせてもらったそうです。

すべてが嵐のようにやってきて、過ぎ去っていったと話していました。

緊急の帝王切開になったので主人と同じお誕生日にはなれませんでしたが、
究極のパパっ子は大好きなパパとお誕生日がお隣でうれしいようです。
究極のパパっ子

わたしが陣痛があったときにもっときちんと呼吸をしていたら
こんな形の出産にならなかったのかな、とおもったときもありました。

長男が発達障害の疑いをしてきされたときには
このような妊娠出産だったから脳に障害が出たのだろうか、と悩みました。
発達障害 子どもの障害の疑いを指摘される

しかし、どんな形であれ、無事に長男に逢えたことはありがたい事実です。
いろんな方のサポートがあっての出産にほんとうに感謝です。

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